さわって わかる小学6年 社会
北条時宗の ころ、博多湾の 守りは どう かわった?
ときの ボタンを えらぶと、九州の 博多湾と 鎌倉の 図が かわり、きろくに 1行 入ります。元が 一度目に せめて きた ときと 二度目の ときで、海岸の ようすを くらべ、時宗が した ことを 時の 順に たどろう。
公開
使い方「+」「−」の ボタンや スライダーを 動かすと、図と 数が その場で 変わります。正かいを 当てる ページでは ありません。
元が 一度目に せめて きた ときと、二度目に せめて きた ときで、博多湾の 海岸の ようすは 同じだったかな? 北条時宗の ころを 時の 順に えらんで くらべよう。
図の 形は かんたんに した もの。左=九州の 博多湾(上が 海、下が 陸)、右=鎌倉(幕府)。灰色の 石の ならび=石を 積んだ 防塁。白い 船の 形=元の 船。赤い わく=えらんだ ときの 場所(鎌倉での ときは、博多湾の 図を うすく して、防塁や 船は かかない)。矢印=幕府からの 命令(全国の 武士を 動員する こと。武士が 鎌倉から 動いた 道すじでは ない)。博多湾では、九州の 御家人を 中心に 守った。
ときの ボタンを おすと、図と 見えてくることが かわり、きろくに 1行 入ります。
見えてくること
きろく(えらんだ ときが 1行。時の 順に ならぶ。同じ ときは 1行だけ)
| とき(参考) | 博多湾の 海岸 | 時宗と 幕府の こと |
|---|
ためしてみよう(点数や 答えは 出ません。「用意」を おすと、きろくは 用意した ものに かわります)
- 一度目と 二度目だけの きろくだよ。「博多湾の 海岸」の らんを くらべよう。そのあと「一度目の あと」も えらんでみよう。
- 5つの ときを 全部 えらんだ きろくだよ。上から 読んで、時宗が した ことを 時の 順に たどろう。
- はじめの ようす(一度目だけ)に もどすよ。
年は 参考として 出して います(覚えなくて よい)。戦いの くわしい 流れや 戦い方は、動画「元との 戦い」で 学びます。この ページでは 戦いの 場面は かきません。
あとで 読む:見つけた 決まりの まとめ
元は 1274年と 1281年の 二度 せめて きました。一度目の あと、鎌倉幕府は 九州の 国々に 命じて、博多湾の 海岸に 石を 積んだ 防塁を 築かせたので、一度目と 二度目では 海岸の ようすが ちがいます。二度目の とき、防塁は 博多湾沿いで 元の 軍の 上陸を 防ぐ のに 役立ちました。
- 北条時宗は、18歳で 鎌倉幕府の 執権と いう 役に つきました。
- 元が せめて きた とき、時宗は、九州の 御家人を 中心に 全国の 武士を 動員して、元の 攻撃を 退けました。
- 1282年、時宗は、宋から 招いて いた 僧を 開山に して、鎌倉に 円覚寺を 開きました。元との 戦いで なくなった 人を、敵と 味方の 区別なく とむらう ためでした。
- 執権
- 鎌倉幕府の 役の 名前。北条氏が ついた。
- 御家人
- 幕府に 仕えた 武士。
- 防塁
- 海岸に 石を 積んで 築いた、守りの ための かべ。
- 開山
- お寺を はじめて 開いた お坊さんの こと。