さわって わかる小学6年 社会
野口英世の 一生を 地図と 年表で たどろう
「つぎの できごと」を おすと、年表が 1つ すすみ、地図の 丸が 野口英世の いた 地いきへ うつります。きろくの「場所」を 上から 読んで、どこで 生まれ、どこで 研究し、どこで なくなったかを たしかめよう。
公開
使い方「+」「−」の ボタンや スライダーを 動かすと、図と 数が その場で 変わります。正かいを 当てる ページでは ありません。
野口英世は、どこで 生まれ、どこで 研究し、どこで なくなったのかな? 地図と 年表で たどろう。
地図の 形は かんたんに した もの。日本を まん中に した 世界地図と 同じ ならび(左から 西アフリカ・日本・アメリカ)。丸=野口英世が その とき いた 地いき(「千円」の 札の 絵は、なくなった あとの 千円札)。赤い わく=今の できごとの 地いき。こい 色=きろくに ある 地いき。矢印=きろくに ある 動き。
「つぎの できごと」を おすと、年表が 1つ すすみ、きろくに 1行 入ります。
見えてくること
きろく:年表(見た できごとが 1行。同じ できごとは 1行だけ)
| 年(参考) | 場所 | できごと |
|---|
ためしてみよう(点数や 答えは 出ません。「用意」を おすと、きろくは 用意した ものに かわります)
- 7つの できごとを 全部 見た きろくだよ。この 年表には、どんな 国や 地いきが 出て きたかな? 野口英世が 生きて いた ときの できごとと、なくなった あとの できごとを 分けて 読もう。
- アクラで 黄熱病を 研究した ときだよ。「そのころの 考え」と「のちに 分かった こと」を くらべよう。
- はじめの ようす(生まれた ときだけ)に もどすよ。
年は 参考として 出して います(覚えなくて よい)。研究の 中身の くわしい 説明や 評価、黄熱病の 医学の くわしい 説明は、この ページでは あつかいません。
あとで 読む:見つけた 決まりの まとめ
野口英世は、日本の 福島県で 生まれ、アメリカの 研究所を きょ点に 細菌学者として 研究し、黄熱病の 研究の ため 西アフリカの アクラへ 向かって、そこで なくなりました。一生の あいだに、いくつもの 国や 地いきで 研究した ことが、「世界で 活やくした 医学者」と いわれる わけの 一つです。
- 1876年に 福島県の 猪苗代に 生まれ、一歳半の ときに 左手に 大やけどを 負いました。のちに 手術を 受けて、医学の すばらしさを 感じ、医学の 道を 志しました。
- アメリカの ロックフェラー医学研究所を きょ点に 研究を 続け、ノーベル賞の 候補にも なりました。黄熱病に ついての 世界的に 注目された 研究は、「科学の 発展」として、日本の 国際的地位の 向上にも つながったと されて います。
- 黄熱病の 原因を 細菌だと 考えて 研究しましたが、その 考えは 正しく なく、原因は ウイルスでした。研究の とちゅう、自分も この 病気に かかり、1928年に アクラで なくなりました。
- 細菌
- 目に 見えない ほど 小さな 生き物。病気の もとに なる ものも ある。
- 黄熱病
- 黄熱ウイルスを 持った 蚊に さされる ことで かかる、重い 感染症。
- きょ点
- 仕事や 活動の 中心に する 場所。
- 肖像
- その 人の 顔や すがたを かいた 絵や 写真。