本文へ移動

さわって わかる小学6年 社会

開国で 開いた 港

「鎖国の ころ」「日米和親条約の あと」「日米修好通商条約の あと」の ころを えらび、港を おしてみよう。その ころ、その 港が どんな 港だったかが 地図と きろくに 出ます。きろくを 見くらべて、開国で 港が どう かわったかを さがそう。

公開

使い方「+」「−」の ボタンや スライダーを 動かすと、図と 数が その場で 変わります。正かいを 当てる ページでは ありません。

黒船が 来て 開国すると、日本の 港は どう かわったのかな?

港の 地図(形と 位置は おおまか)

●(黒い 丸)=外国と 貿易を する 港。■(茶色の 四角)=アメリカの 船が 水や 食べ物を 手に 入れる 港。○(白い 丸)=外国の 船に 開いて いない 港。○に ×=閉じられた 港。点線の 輪=えらんだ 港

ころを 1つ えらんでから、港の ボタンを おす。

見えてくること

ころ
港の ようす
その ころの できごと

きろく:えらんだ ころと 港(はじめての 組み合わせの ときに 1行 ふえます。きろくに ある 組み合わせに もどすと、その 行が いちばん 下へ うつります)

ころ港港の ようす

ころや 港を えらぶと、ここに のこります。

ためしてみよう(点数や 答えは 出ません。地図と きろくで たしかめよう)

  • 和親条約の あとの 函館を えらんだ ところだよ。ころを「日米修好通商条約の あと」に かえよう。函館の ようすは どう かわるかな?
  • 和親条約の あとの 下田だよ。ころを「日米修好通商条約の あと」に かえて、下田と 横浜を くらべよう。
  • きろくを 空に したよ。3つの ころの それぞれで、長崎と 函館を おして、きろくを 見くらべよう。

地図の 形と 港の 位置は おおまかです。このページでは、関係する 6つの 港だけを 見ます。新潟と 兵庫は、条約で 開く ことが 決まった あと、少し おくれて 開かれました。年号は あつかいません。

あとで 読む:見つけた 決まりの まとめ

鎖国のころ、外国との行き来はきびしく制限され、長崎ではオランダや中国と貿易をしていました。ペリーの来航のあと、日米和親条約で下田と函館を開き、アメリカの船が水や食べ物を手に入れられるようになりました。つづく日米修好通商条約で、函館・横浜・長崎・新潟・兵庫を開くことになり、外国との貿易が本格的に始まりました。和親条約の港は船に水や食べ物をあたえる港で、通商条約の港は貿易をする港という、できることのちがいがあります。

  • 函館を選んで、ころを「和親条約のあと」から「通商条約のあと」にかえると、港のようすが「水や食べ物」から「貿易」にかわります。
  • 下田は、和親条約のあとは開いた港ですが、通商条約のあとには閉じられた港になります。
  • 通商条約のあと、生糸や茶がさかんに輸出され、国内では品物が足りなくなるものも出て、ものの値段が上がりました。
鎖国
外国との行き来を、きびしく制限していたこと。
開国
外国との行き来の制限をゆるめ、交流や貿易の相手を広げること。
日米和親条約
アメリカの船に水や食べ物をあたえるため、下田と函館を開いた条約。
日米修好通商条約
港を開き、外国との貿易を行うことを決めた条約。

おうちの方へ