小学6年社会
陸奥宗光と 小村寿太郎は 何を した 人?不平等な 条約を 改めた 二人の 外務大臣
陸奥宗光は、領事裁判権をなくすことを決めた条約を結び、小村寿太郎は、関税自主権を取りもどしました。二人とも、江戸時代の終わりに結ばれた不平等な条約を、対等なものに改める交渉で大きな働きをした外務大臣です。どちらが何をしたのか、順に見ていこう。
- 説明
- 1:51(7場面)
- 問題
- 3問
公開
やってみよう
自分で考えてから、答えをひらきましょう。
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1陸奥宗光が、日英通商航海条約で なくす ことを 決めたのは、「領事裁判権」「関税自主権」「選挙権」の どれですか。
ヒント
裁判に かかわる 決まりです。
答え
「領事裁判権」です。外国人が 日本で 罪を おかしても 日本の 法律では 裁けない、という 決まりを、なくす ことを 決めました。関税自主権は、あとで 小村寿太郎が 取りもどした ものです。
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2領事裁判権とは、「外国人が 日本で 罪を おかしても、日本の 法律では 裁けない 決まり」「関税の 高さを 自分の 国で 決められる 権利」「外国と 自由に 貿易できる 権利」の どれですか。
ヒント
「裁判」の ことばに 注目しましょう。
答え
「外国人が 日本で 罪を おかしても、日本の 法律では 裁けない 決まり」です。日本に とって 大きな 不利だったので、陸奥宗光が、なくす ことを 決めた 条約を 結びました。関税の 高さを 決められる 権利は、関税自主権です。
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3関税自主権を 取りもどした 外務大臣は、「小村寿太郎」「陸奥宗光」「福沢諭吉」の だれですか。
ヒント
二人の うち、あとの 時代に 働いた ほうです。
答え
「小村寿太郎」です。いろいろな 国と 交渉し、1911年(明治44年)の 改正日米通商航海条約などで、関税自主権を 取りもどしました。陸奥宗光は 領事裁判権、福沢諭吉は 『学問のすゝめ』の 人です。
この単元のことば
- 不平等条約
- 江戸時代の 終わりに 結ばれた、日本に 不利な 内容を ふくむ 条約
- 領事裁判権
- 外国人が 日本で 罪を おかしても、日本の 法律では 裁けず、その 国の 領事が 裁判を する 決まり
- 関税自主権
- 輸入する 品物に かける 税(関税)の 高さを、自分の 国で 自由に 決められる 権利
- 外務大臣
- 外国との 交渉や つきあいを 受け持つ 大臣
おうちの方へ
- この単元は、学習指導要領が例示する42人の歴史人物のうち、陸奥宗光と小村寿太郎を「何をした人?」の形で1本にまとめた人物単元です。条約改正で二人の外務大臣が大きな働きをしたことは『小学校学習指導要領(平成29年告示)解説 社会編』で、陸奥宗光が1894年(明治27年)に治外法権(領事裁判権)の撤廃を盛り込んだ日英通商航海条約の締結に成功したことは国税庁の租税史料の解説と国立国会図書館「近代日本人の肖像」で、小村寿太郎が関税自主権の回復を求めて各国との条約改正に臨み解決したことは国土交通省九州地方整備局の解説で、1911年(明治44年)の改正日米通商航海条約で完全な自主関税の時代になったことは財務省税関の年表で、2026年10月19日に確かめました。
- 領事裁判権と関税自主権のことばの説明は、当サイトの「条約改正と 日清・日露戦争」の単元とそろえています。この単元では、二人のしたことのちがいに答えることに絞り、日清・日露戦争の中身、講和の交渉など二人のほかの仕事、条約改正までの国内のしくみづくりは、それぞれの単元にまかせています。戦いの場面はえがいていません。
- お子さんと見るときは、「どちらが、どちらの不利を直した人か」を、領事裁判権=裁判、関税自主権=税、という二つのことばの意味といっしょに確かめてみてください。年号は参考として示しているもので、覚えることはねらいにしていません。